雑記帳メモリ

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河原町で始発を待った話

つい昨日のこと、終電で眠りこけてしまい、終点だった京都河原町周辺で一夜を過ごした。

 

 

眠りこけた原因は疲労もあるが、一番は飲み会で無茶をしてしまったことである。ピッチャーでカミカゼなんかを飲むべきではない。素直にカシオレやらなんやらで済ませておくべきだった。

その飲み会は最近所属したサークルのものだったが、みんな温かく迎えてくれた。そのせいで酒が進んでしまったのかもしれない。

 

しかも河原町に着いた時には携帯もなくなっていた。話を聞くと梅田の駅で預かっているらしいので朝取りに行こうと思った。この時点での時間は12:30である。

無難に夜を過ごす方法として、まずは近くにあるネットカフェをチョイスした。しかし入会費やら1時間当たりの代金がやたら高い。ここでも寝過ごしてしまったら、いよいよ所持金ゼロで京都に取り残されてしまうと思い、1時間もたたないうちに出た。

 

さてここからどうしようと考え、どこかで野ざらしで寝るのも怖かったのでとりあえず歩くことにした。

幸いウォークマンは無事だったので、夜の道を音楽を聴きながら進んだ。

 

自分と同じように飲み会後のわちゃわちゃしている人たちをしり目に、シャッターがあちこちしまった京都を歩くのは、言葉にしがたい充実感のようなものがあった。

非日常感 孤独 最近あまり考えてなかった悩みなんかが、少し冷めてきた酔いに乗って夜空に溶けていく気がした。空は雲一つなかったが、星は見えなかった。

 

聞いていた音楽もより一層心に訴えかけるようだった。高校のころ、友達とコピーした曲を聴いてしみじみとしたり、ニコニコ動画のメドレー系列の曲を聴いてなつかしさにふけったりもした。

特に、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの「荒野を歩け」を聴いているとき、少し涙がこぼれた。孤独で等身大の自分を肯定してくれる、終わりや悲しみも受け入れる、アジカンにはそんなイメージがある。

 

 

ずっと歩いていると下鴨神社まで来てしまった。距離にして5km。自分はバカなんだろうか。

月明かりに照らされた森は幻想的で、寺社の明かりが力強く輝いていた。ただ、深夜なのでしまっていたのだけが寂しかった。

 

今度は横にそれて、鴨川に沿って歩いてみることにした。

道がまるで砂浜のようで、足を取られて微妙に疲れた。月と外套の明かりを反射する鴨川は、都会の川にしてはとてもきれいに見えた。携帯がなかったので、写真を撮れなかったのが歯がゆい。

 

鴨川を歩いていると、こんな時間帯にも人はいるものなんだと驚かされた。ナイトランというものだろうか。

あほみたいに長い距離を歩き、疲れた自分はベンチに座り込んだ。川のせせらぎと脚を流れる血流の感覚だけが頭を満たし、少し眠ってしまった。

 

帰路にかかった時間を加味すると、起きたのはおそらく3:00くらいだろうか。まだ明るくもなってない空を見て、頭痛を感じ、そこいらの草むらに吐いた。飲み会で飯を食わず酒ばっかり飲んでいたので、口から出てきたのは黄色の液体だった。

 

そしてそのまま歩き、6:00にもう一度駅に着き、梅田で携帯を回収して家に帰った。

 

大学生活の何の変哲もない一場面だが、自分はこの一夜を忘れたくない。